「…なにこれ?」
現在売り出し中のトレジャーハンター、サラが『目的地』にたどり着き、そこにあったものに呆然と声を上げた。
5年前に死んだ伝説のトレジャーハンター、ウィリアム=ゴールドが晩年を過ごしたと言う廃鉱の街。
とうの昔に鉄が掘りつくされて寂れたこの街に彼が住み着いたのは、己が生涯で手にした無数の財宝の一部を密かに廃鉱に隠したから。
そんな噂があった。
無論、与太話の類である。
ウィリアムの家族…ゴールド家は今でもウィリアムの残した遺産を元手にのし上がった大商家だし、少なくとも公式ではウィリアムに隠し財産があったと言う記録は無い。
にも関わらずサラが廃鉱を訪れたのは、サラがウィリアム=ゴールドの晩年の日記をひょんなことから手に入れたからだった。
日記によれば、この街に移り住んでから、ウィリアムは正確に7日毎に廃鉱を訪れていた。
書いてある内容は言葉少なく『今日はドヨウの日。廃鉱に行く』と言う簡潔な記述だったが、恐ろしく律儀に7日毎の『ドヨウの日』を重視していた。
ウィリアムは身体が動いているうちは必ず『ドヨウの日』に廃鉱を訪れていたし、病に倒れ、身体が動かなくなってからも『今日はドヨウの日。動かない身体が恨めしい』と言う日記の記載が何度か現れる。
しかも必ず最後の『ドヨウの日』から7の倍数の日にだけ。
1度、前回から8日目に廃鉱を訪れた日もあったが、その時は『とんだ無駄足』と言う記述を無数の悪態と共に残している。
サラとて若いながら腕の良いトレジャーハンターである。
少なくともそこいらの、ゴロツキや盗賊と見分けがつかないようなまがい物じゃないと自負している。
そのサラの勘が言っていた。
この日記が本物であることと、廃鉱を訪れるべき日はウィリアムが廃鉱を訪れた日と同じ『ドヨウの日』でなくてはならないと。
そして、サラはまだ見ぬウィリアムの財宝に思いを馳せながら、廃鉱へと潜った。
素人には見つけられないようにウィリアム直々に偽装された隠し通路を見つけ、プロでなくては危険な洞窟の魔物と時に戦いながら最深部までの地図を作り、今日『ドヨウの日』に廃鉱の最深部へと赴き…それと対面した。
扉である。
猫の絵と、奇妙な形の未知の文字が書かれた看板が下げられた扉。
昨日までは影も形も無かった、黒い樫の木で出来た扉が出現していた。
「扉…よね?」
調べた結果、扉には罠は無い…鍵すらかかっていないことは確認済みだ。
つまり入ろうとすれば今すぐにでも入れる。
「…とにかく、入ってみないことには始まらない、か」
しばし悩み、サラは入ることを決意した。
今日ウィリアムの遺産に対面するべく、サラは出来る限りの準備をしてきた。
貴重な癒しの霊薬まで購入し、現在用意できる範囲で最高の装備を揃えて挑んだのだ。
今さら引くと言う選択肢は無い。
「負けて屍を晒すなら、所詮そこまでだったってことで…行きますか」
そう決意をして、サラは扉を開ける。
チリンチリン
扉の内側に仕掛けられた、鈴の音が響く。
(アラーム!?)
その音に半ば反射的にサラは愛用のダガーを抜いて構え。
「いらっしゃい…お客さん、そういう物騒なもんはしまってください」
中年の男がサラに対して呆れた顔でダガーをしまうよう促し。
「…なにこれ?」
サラは呆然と、本日2度目の呟きを吐き出した。
「ねこや?」
「ええまあ。しがない洋食…料理屋ですよ」
ダガーを仕舞い、この『店』について尋ねたサラに、この店の主人はごく簡単に答えた。
「料理屋って…こんな廃鉱の奥で!?」
思わず尋ね返すサラに、男は肩を竦める。
「廃鉱?…ああ、お客さんはウィリアムさんの使ってた『扉』から来たんですか」
「ウィリアムの使ってた扉って…あれ?」
男の言葉に、サラは先ほど通ってきた入り口…扉を見て、言う。
大きな、右手を上げた猫を模した金色の鈴が取り付けられている黒い樫の扉だ。
「…何かのマジックアイテムなの?」
改めてそれを観察し、その鈴に強力な魔力が込められているのを嗅ぎ取ったサラは、主人に確認する。
主人はサラの問いかけに頷き、答えた。
「ええまあ。つっても俺も良く分かっちゃいないんですがね。
ここの常連の爺さんが言うには何でも時空を捻じ曲げ、異世界にいくつも『扉』を生み出してるって話です。
繋がんのは週に…7日に1回だけなんですがね」
「…異世界?ここ、異世界なの?」
そう言われ、サラは改めて自称異世界だと言う店の中を確認する。
魔界や冥府、天界、鏡の世界に妖精の国…『異世界』と称される世界はサラの世界には幾つもある。
異世界が存在すること事態は、別に疑う余地は無い。
だが、ここがそうだと言われてもおいそれとは納得が行かない。
「別に普通の…でも無いわね」
だが、やり手のトレジャーハンターの目で改めて見て、サラはあっさりと結論を覆す。
サラの知る『料理屋』と比べ、ここは余りにもかけ離れていた。
どうやらここは、地下の一室を切り開いて作った部屋らしく、窓は無い。
だが、天井に取り付けられた、火とは違う、恐らくは魔法の光を放つ球が煌々と辺りを照らしているので非常に明るい。
並べられたテーブルや椅子は良く手入れがされており、艶やかな光沢を放っている。
そのテーブルの上に並べられているのは、かなり高価であると予想される、整った形の透き通ったガラス瓶や陶磁器の小さな水差し。
明らかな高級店でも無い限りありえぬ内装だが、それにしては使用人が出てくる様子も無い。
どうやらこの店は男が1人で切り盛りしているようだ。
「いや、こっちではごく普通の店なんですけどね…どうです?食べていきませんか?
今はランチタイムにも随分早い時間なもんで、暇なんですよ」
「…そうね。頂こうかしら」
一瞬、罠を疑うがここにやってきた経緯を思い出し、思い直す。
ここは、ウィリアムが随分とご執心だったはずの場所で、異世界の料理屋だ。
ウィリアムを魅了したはずであろうその料理に、純粋に興味があった。
「良かった。じゃあ、適当に座ってください」
そう言うと男は一旦奥に引っ込む。
「さてと…異世界の料理って何が出てくるのかしら?
…変なものが出てきたら困るんだけど」
適当な椅子に座り、サラはテーブルの上のものを確認する。
テーブルの端に並べられた、ガラスの瓶の中には赤い液体や、多分塩だと思われる粒、それと先端を尖らせた木の棒が見えている。
陶磁器にはそれが何であるかを表す札が張ってあるが、サラには読めない文字で書かれているため正体は不明だ。
「お客さん、サマナーク語は読めますか?」
陶磁器の中を見て、中に黒い液体や白い粒が入っているのを確認していたところで、男が戻って来て、尋ねる。
「ええ、もちろん」
その言葉に、サラは頷く。
サマナーク語は、サラの世界で最も広く使われている言葉だ。
これが読み書き出来ないようでは、トレジャーハンターのような頭を使う仕事は出来ない。
「良かった。じゃあこれ、メニューです…そいじゃごゆっくり」
そう言うと男は几帳面さが伺える角ばったサマナーク語で書かれた献立表と、氷入りの水が入った透き通ったガラスの杯を置く。
「…ちょっと。私、水なんて頼んで無いわよ?」
それを見咎め、サラは不機嫌そうに言う。
喉は渇いているのは確かだし、まずは水を頼むのも考えたが、押し売りみたいな真似を許していたらどんな被害をこうむるか分からない。
金を払う時は、慎重であれと言うのが、商家であるサラの実家の教えだ。
魔法を使わねば得られない澄んだ氷入りの水なんて、サラの常識であれば銀貨で1枚は取られる品。
そんなものを押し売りされたのではたまらない。
だが、そんなサラの疑問に男は笑っていう。
「ああ、レモン水はサービスです。タダなんで気にしないで下さい。お代わりもありますんで、ご気軽にどうぞ」
そう言うと男は厨房に戻り、サラが見える位置で料理の下ごしらえを始める。
「…なんなの?この店」
どうやらここは本当に異世界らしい。
改めてサラはそう認識して、杯をあおる。
「…冷たくて美味しいわね」
レモン水には、かすかに果実の汁が混ぜてあるらしく、爽やかな風味が口に広がる。
においのこもった廃鉱を延々と歩いてきたサラにとっては生き返るような味。
とりあえずタダらしいので遠慮なく飲み干しながら、メニューを開く。
そこには見慣れたサマナーク語で書かれた…正体不明の料理の数々。
「う~ん…焼いた牛の肉とか牛の肉の煮込みスープは分かるけど…他は良く分かんないわね」
料理名と、その料理がどのようなものかを解説する一文が載っている料理を見る。
これを見る限り、野菜の一種であるコメを使った料理が多い。
それと、砕いたパンの粉をまぶして油で揚げた料理。
…どれもサラの常識には無い、変わった料理ばかりである。
「正直どれが良いかは…あ」
判断がつかず困っていたところで、そのメニューに気づく。