モルタルの二阶建てのアパートは、阶段がきしんで仕方がなかった。宫原が一人暮らしを始める时に、何を基准に部屋を选んだのか石田は知らないが(闻いたところで宫原がまともな返事を返すとも思えなかったが…)どうせろくな理由もないだろう。
ノックなんてするような、上等な造りのドアじゃない。ノブに手をかけてひくと、简単に扉は开いた。
「みやじ、いるのか」
石田は宫原を名前を呼ぶ时に、中学生の顷からのあだ名で『みやじ』と呼ぶ。こればかりはバンドを组んで十年以上経ってからも変わらない。
名前を呼んでも部屋の中から、返事はない。いつ来ても宫原の部屋は时代を置き忘れたような奇妙な匂いがする。正面の中央が微妙に歪んだ棚には鉄制の茶瓶がずらりと并び、古い浮世絵が无造作に壁に贴られている。そして夏なのに、未だ部屋の隅を占めている火钵。
石田は扉を闭め、ポストの中を探った。この部屋の主は、键をポストの中に入れるのは忘れなくても、部屋に键をかけることは简単に忘れてしまえるような男だ。扉にきちんと键をかけて、もとあったポストの中に置いてから、足早に阶段を降りた。
「どう、いる」
「駄目ですよ。出挂けてるみたいです。あいつ散歩に出挂けたら半日でもぶらぶらしてるような奴だから…」
丸眼镜の男は、うつむき加减にため息をついた。
「话したかったのになあ」
「宫原が帰ってきたら、山本さんの方に连络とるように言いますよ」
「うん、そうしてくれる。俺なんかが出しゃばったりしてこじれると嫌なんだけどさ、何かこう话が进んでないだろ。心配なんだよ」
「そうですね…」
「宫原くん、どう。最近さ」
石田は少し首を倾げた。
「どうって…いつもと変わりませんよ。けどやっぱり事务所の解散っていうのはきつかったみたいですね。やっぱし暗いですから」
「そうだよねえ。だから俺としては少しでも早く别の事务所なり契约して、活动を再开して欲しいんだけど」
男は唇を尖らせた。石田と付き合いの古い山本というこの男は音楽雑志のライターだ。
いつも石田の所属するバンドの特集を组んでくれる。
石田は十年前にE.L.Fというバンドのギターでデビューした。デビュー
当时は、ヴォーカルの宫原浩次の强烈な存在感と、ストレートなメロディ、歌词で注目されていたが、それも年月を追うごとに色あせてきた感じがあった。
そんな言い方をすると语弊があるもしれない。バンド自体がその方向性を见失ったと言う方が正しいのだろう。メンバーの四人が悩んで、迷ってそうして作り上げた作品は、结局は自分たちの自己満足でしかなく、外へ広がりをもつどころか、自分たちの轮の中だけで理解できないような形になってしまった。それが结局、セールスに影响し、自分たちの出したアルバムやシングルの売上は灿々たるものだった。
不思议なのは、これだけ底を这うようなセールス、理解できない、闻けないという评価をうけながら、山本の音楽雑志だけは自分たちを取り上げつづけてくれたことだった。
最初からE.L.Fのファンだと宣言して、レコード会社の契约を切られ、事务所まで解散してしまった自分たちを、未だに心配してくれている。
「じゃ石田君、连络頼むね」
山本は帰っていった。今日も、新しい事务所の话をもってきてくれていたのだが、肝心の宫原がいなくて话にならなかった。
石田はため息をついて歩きだした。事务所にも见放された自分たちが、これから先にどうなるかの不安はある。中学生の时の友人同志で组んだバンド。最初はこんなに本格的になるとは思わなかったが、高校生の顷から、もしかしたらギターで食べていくことができるかもしれないと思うようになった。